東京都市大学都市生活学部 坂倉杏介 准教授
2019年12月1日に開催した「大学・地域連携サミット」の基調講演に、東京都市大学都市生活学部の坂倉杏介准教授を講師としてお招きし、また、ゲストスピーカーとして、坂倉先生とともにOYAMACHIプロジェクトに取り組む、タカノ洋品店店主の高野雄大さんもお迎えして、お話していただきました。
◆坂倉杏介氏プロフィール
東京都市大学都市生活学部 准教授
多様な主体の相互作用によってつながりと活動を創出する「コミュニティ・プラットフォーム」という視点から、コミュニティの形成過程やワークショップの体験デザインを実践的に研究。港区のコミュニティ活性化事業を手がけるほか、地域づくりや企業におけるコミュニティ形成プロジェクトに多く携わる。三田の家LLP代表、(一社)ユガラボ理事、(一社)世田谷コミュニティ財団理事ほか。
大学と地域の連携の先には一体どのようなことがあるのでしょうか。学生が個人としてどのように地域を感じ、自分の人生を見つめていくのか。そしてどのように社会をつくる一員としての実感を得ていくのか。本日は、連携の制度が林立するその先で、個人個人の関わりや実感が大事になってくるのではないかといった問題意識からお話させていただこうと思います。
東京都市大学は建築や土木、工学を強みとしてきた大学で、10年前から文系の学部も設置されました。私が所属する都市生活学部はまちづくりを勉強する学部です。私の専門は、修士課程では建築でしたが、今はどちらかというと社会学的なアプローチによるコミュニティ論や、参加型のまちづくりに取り組んでいます。地域の組織や歴史を研究するというよりも、まちの中でどのように人と人とが出会い、新しい活動が生み出されるか、そうしたプロセスを研究しています。
私は「協働プラットフォーム」という、人が出会う場をつくることが大事ではないかと考えています。このプラットフォームでは、集まってきた人同士がそこで関わり合うことで、当初は思ってもいなかった活動が事後的に生まれてくるような仕組がつくられます。これをどのように設計できるか、その中で人はどのような体験をしていくのか、こんなことに興味があって研究しています。そしてそれを実際に地域の中に生み出し、地域を変革しながら学んだり新しい気づきを得たりしています。
そもそも学生にとって、地域に関わることにはどのような意味があるのでしょうか。10年、15年前は、今ほど「地域で学ぶ」「地域連携」ということが言われておらず、地域で何かやりたいという学生はかなり特殊でした。ところが地域連携の取組が広がってくると、それほど関心があったわけではない学生も参加することになります。そのような状況で学生が地域での活動に参加することにそもそもどういう意味があるのでしょうか。多世代のプロジェクトをすると、お年寄りは学生と話すことを喜びますが、学生はその参加の意味するところを悩んだりします。また、世田谷区の色々な活動に触れる機会も多く、「大学や学生に関わってほしい」「私たちの活動を応援してほしい」といった地域側からのニーズが大きいことを感じますが、そこで学生がどんなメリットを享受するのか、彼らのキャリアにどのくらいつながるのか、社会をつくるという自信や実感を持てるような地域参加とはどういうものか、そんなことで私は悩んだりします。
一方で、ここ10年、15年でまちづくりも大きく変わっていると感じています。もとは都市整備や産業振興が主な目的でしたが、いまや教育、福祉などさまざまな領域にテーマが広がり、その総体をまちづくりと呼ぶようになっています。地域の課題も複雑化しています。20年、30年前の市民活動支援では、行政の手の回らない部分を市民が埋めていく補完の原理を実感しましたし、市民活動を支援すれば課題が解決すると信じられてきました。ところが今はどうでしょうか。まちづくりのあり方は随分変わってきていると思います。制度的・組織的に全体を変えていくことは大事ですが、それとは違う、個人的な公共活動、自分の活動を地域の活力につなげていこうという活動が増えているように感じます。これまでのやり方を学ぶよりも、これまでなかったものをどうつくっていくのかということに視点が移っているように感じます。
学生の地域参加について私は、教育というよりも学習と考える方がよいのではないかと考えてきたように思います。ところが先日、美術館のミューゼオロジーの専門家から、京都で開催されたICOM(国際博物館会議)において、博物館の定義を変えなければいけないのではないかという議論があったことを聴きました。これまで博物館の定義は文化の保存や普及、そして美術館は啓蒙や普及活動から学習や知的満足の場の提供という形で発展していきましたが、分断化が進む今の社会では、個人に知的満足を提供するだけではなく、価値観が異なる多様な人々をつなぎ社会をつくっていくために何かできることがあるのではないかという議論があったそうです。なるほどと思いました。学生の学びも、かつては大学を出ればより良い仕事、より良い人生が得られると思われてきましたが、今の社会、幸せな人生は確約されているのでしょうか。決してそうとは言い切れません。文部科学省の調査によると、日本ではテストの点数は取れても勉強していることが何の役に立つか分からないと思っている子どもが多いそうです。大学の学びから、それが自分たちの社会をつくることにつながっている、あるいは人生設計に役立っている、といった実感を得るにはどうしたらいいのでしょうか。大学での学びは、プレイヤーとして地域に、社会に参加するきっかけとなる必要があるのではないかと思います。そしてそのためには、何かの役に立つというだけではなく、地域や社会や大学へのエンゲージメントが求められるのではないかと感じています。
まちづくりにおいても以前は、一定の団体のメンバーが一致団結して頑張る形が多かったように感じます。どんな委員会に出ても同じメンバーが集まっているといったことが色々な地域でみられました。ところがこの10年でまちの様子は随分変わってきました。SNSや移動手段の発達により、地域内外の人が次々と出会い始めたのです。するとその出会いから価値観や行動規範が変わり、地域課題を解決する事業が新たに生まれたりします。あるいはこれまで1団体しかなかったまちづくり団体が新たに生まれたり、新しい担い手が発掘されたり、地域外にファンコミュニティが生まれたりといったことも起こります。人の移動で関係性の変化が起こり、それが続くことでコミュニティの生態系ができているというのが現状ではないかと感じています。
こうした学びやまちづくりの変化の中で、私がゼミの学生とどのような活動をしているか、幾つか紹介したいと思います。
私はコミュニティマネジメントをテーマに研究室をやっていますが、文献よりも実際にまちに出て地域の暮らしの現場に入り、まちの人と色々な活動をすることをしています。学生に説明すると、まちには様々な人が住んでおりつながりがないと言われますが、完全にないわけではありません。出会う人が固定化されているのかと思います。同じようなテーマの人で固まり、それ以外の人と出会う機会がなかなかないのです。地縁はあっても分断されている状況で、まちを変えていく最初の一歩は、普段の仲間や集団から離れ、色々な人の集まりの中で安心して関わり合えるようになること、そのきっかけをつくることかと思います。その結果、そこから新しい発想や活動が生まれ、地域は変わり始めます。この最初のきっかけづくり、あるいはそこで起きる変化に伴走することに研究室では取り組んでいます。そのうち3つのプロジェクトを紹介します。
それではここで、地域の立場で学生を受け入れて一緒に活動していただいている高野さんから、OYAMACHIプロジェクトについてお話していただきたいと思います。高野さん、よろしくお願いいたします。
商店街にあるタカノ洋品店の高野雄大です。先生からご紹介いただいたように、商店街ではチェーン店が増えるなどして様子が変化してきており、このままではまずいと思って東京都市大学の扉を叩き、坂倉先生を紹介していただいたことから色々な活動がスタートしました。
OYAMACHIプロジェクトは4人から始まった取組です。特に何かをやろうと決めたわけではなく、出会った人たちとアイデアを形にしていくことで少しずつ取組が増えていきました。2年半くらい活動を続け、今では定期、不定期のもの合わせて10の取組が動いています。その中で今日は、つながるホコ天プロジェクトを紹介します。
私が子どもの頃は、商店街には小売業のお店が今より多く、専業主婦の方も多かったため、歩行者天国の時間になるとそこかしこで井戸端会議が始まりコミュニティの場となっていました。しかし今では飲食店やサービス業のお店が増えてきたことなどもあり、なかなかそういうことが起こらなくなってしまいました。昔のように人々がつながることができる場にできないかという想いで始まったのがこの取組です。毎週水曜日になると、坂倉研究室の学生たちが人工芝を敷いてテーブルやいすを置き、子どもやお母さん、お年寄りなど、多世代がつながる場をつくってくれます。集まってくる子ども達は、他学年・他地域間の交流をしています。その場所でサロンの会をやってみたり、プールを出したり、学生が将棋をさしたりしていると、まちのおじさんが「ここはこうやるんだよ」と教えてくれたりする場面もあります。
そうしたつながりがなぜ起きるのかと考えると、学生はとても話し掛けやすいんです。まだ社会人ではないお兄さん・お姉さんは子どもにとっては話し掛けやすく、大人も大人で学生がそこにいると何か教えたくなるのです。なので学生はまちにとって最高のハブで、本当に素敵な存在だと思っています。気を付けなければいけないのは、学生をイベントのお手伝いをしてくれる人夫ではなく、まちを構成する素敵な一人として見ることです。そして私は、学生がまちの中でやりたいことをやれる環境を整えることが大切だと思っており、そうすることでまちが彩られ、まちの価値につながっていくと、この2年半の活動を通し実感しています。
最後に1つ、心がほっこりするエピソードをお話したいと思います。歩行者天国で常連となったあるおばあちゃんがいました。彼女は毎週水曜日に来てくれるようになりましたが、来ると学生を一人捕まえて1時間くらい話し込んでしまうのです。僕からすると学生たちには色々な人と話し、つながりをつくってもらいたいので、ちょっと厄介なおばあちゃんだというふうに見ていました。しかしある女子学生がそのおばあちゃんととても仲良くなり、ある時おばあちゃんからプレゼントを渡されていました。彼女に尋ねたところ、「前回いらっしゃった時に就職が決まったことを伝えたら、翌週来てくれて『就職おめでとう』とプレゼントをくれたんです」と教えてくれました。本のしおりをくれたそうですが、とてもいい話だと思いました。なぜならそれは、おばあちゃんと学生が思い出を共有したことによって、それまでまちに「通う」だけだった学生が、まちで「暮らす」構成員になっているということを意味しているからです。学生達はよく、尾山台に通っているのではなく帰ってきたとか、住んでいる感覚だと言ってくれます。それくらい尾山台に知り合いがたくさんできて思い出を共有しているのです。
小さなつながりから一体何が生まれるか分かりませんが、1つ1つのちょっとした出来事をきっかけに、2年半前は何もなかった尾山台に今では15もの取組が生まれています。学生が、ただそこに通う人ではなくまちに暮らす人になり、そして2年、3年たつと、ものすごく大きな影響を与える存在になっていることを実感しています。
学生の皆さんには、そのまちに入り込んでいくような姿勢で取り組んでいただくと、もっともっといい取組になっていくのではないかと思いますので、これからも是非頑張ってほしいです。
高野さん、ありがとうございました。これからの地域連携には、大きな構造ではなく小さい部分の充実が大事になってくるのではないかと思っています。まとめに代えて、4つほどお話します。
まずは地域とのエンゲージメント、コミュニティに受け入れられているという実感が学生にどう感じられるか。研究対象や実習の場としてではなく、自分の居場所、ホームグラウンド、先ほど高野さんがおっしゃっていた、暮らしの場として感じられるようなエンゲージメントが非常に大事なのではないかと思います。
それから学生と大人たちとの斜めの関係です。社会を良くしていくために真剣に活動している地域の大人はたくさんいます。そういう方と縦の上下関係でもなく、単なる横の関係でもなく、斜めの、一緒に地域で暮らしている、活動している世代の違う人たちという信頼関係を持つことが大切です。フォーマルとインフォーマルの両方のコミュニティが日常的にふんだんにあることもとても大事だと思います。
それから3つ目、活動を通して学生たちが「私はこのままで大丈夫なんだ。ありのままでいいんだ。」と感じられること。あるいは自分のアクションが人に伝わる「ありがとう」や、「地域を変えていけるんだ」という実感を得られることがとても大事なのではないかと思っています。
そして最後に、これまでどおりやってきた活動に参加することも、学生にとってはとても大事です。しかし社会に周辺的な立場で参加して大人になっていくだけではなく、今までの社会にはなかった、これからの社会をつくるような小さい、オルタナティブな活動に参加することが、これからの未来をつくっていけるんだという勇気につながっていくという構造を見逃してはいけないと思っています。
今、京都では本格的に地域と大学が一緒に社会をつくっていく関係性ができていると感じています。その中から生まれている、学生一人一人の思いや感性、アクションが、やがて大きな社会の構造を書き直していけるような地域連携のあり方が、この先ますます重要になってくるのです。
<おわり>
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